Photog by Peter Vidani
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"先生、あのあとですね。先生の頃にはミシシッピまでがフロンティア・ラインでしたけれど、60年で太平洋岸までたどりついちゃうんですよ。
「ほう、さすがに私が予見したとおり、彼らの『病気』は治らなかったのだね」
そうなんですよ。その過程で、インディアンの95%を殺戮して、バッファローを数千万頭殺して、原生林をあらかた切り倒してしまったんです。
「そうなると思っていたよ」
そのあとどうしたと思います?
「太平洋岸まで行ったら、次は船を仕立てて太平洋を西へ向かったんじゃないかな」
その通りです。ハワイとフィリピンと日本列島に手を出したんですよ。
「それはそのあと全部アメリカの植民地になったのかな?」
ハワイは併合されて、フィリピンは植民地になったけど、日本列島は無事でした。
「へえ、それは意外だなあ。どうしてなんだろう。日本人は組織的に抵抗したのかな」
いや、日本列島に手を出したときに、ちょうどアメリカ国内で内戦が始まって、それどころじゃなかったんですよ。
「アメリカ国内で内戦ね。あ、それはありうるわな。最初の十三州のグループとあとから州に昇格したフロンティアの間では利害が対立するはずだもの。で、どっちが勝ったの・・・あ、ちょっと待って。オレ自分で考えるから。うーんとね、フロンティアでしょ!」
残念でした、先生。北が勝っちゃったんですよ。先生は産業革命というものをご存じないんですよね。北の方が機械化とか近代化とか早かったんですよ。その差。
「そのあとも、西漸病は治らなかったのかな」
治りませんよ。結局、日本列島を二発の原爆(っていうすごい兵器をアメリカ人は発明したんですけどね)で焦土にして、そのあと朝鮮半島を焼き払い、インドシナ半島を焼き払い・・・
「まだ、西に行ったのか。でも中国とインドは『パス』したんじゃないかな」
あ、そうです。よくわかりましたね。
「だって、アメリカ人は自然が嫌いだからさ。自然と未開を見ると『開拓』したくなっちゃうんだけど、中国とインドは四千年前から骨の髄まで『都市文化』だからね。都市はアメリカ人の開拓欲望を喚起しないだよ。」
はあ、そうなんだ。だから、そのあと・・・
「西アジアに行ったんじゃないかな」
ご明察。アフガニスタンとイラクに攻め込みました。
「そこまで行くとウィーンは指呼の間だなあ。大西洋岸からスタートして、世界一周してまたヨーロッパに戻ってきたわけだ」
この西漸運動はいつか終わるんですかね。
「さあ、どうだろう。そこまで兵站線が伸び切っちゃうと、軍事的・政治的な西漸はもう維持できないんじゃないかなあ。でも。西漸はアメリカ人の本質だからね。西漸止めたら、もうそれはアメリカじゃないもの」"